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東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2103号 判決 1968年7月16日

債権者

原万次

代理人

坂本福子

ほか一名

債務者

三朝電機製作所こと

浅田松太郎

代理人

馬塲東作

ほか一名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実《省略》

理由

一労働契約の成立及び解雇の意思表示

債権者が昭和三六年九月三〇日、三朝電機製作所の商号をもつて電機計測器の組立配線調整修理業を営む債務者に雇傭され、主として測定機器の製作等に従事していたところ、債務者は昭和三九年六月二〇日債権者に対し労働基準法二〇条所定の予告手当を提供して解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二解雇の意思表示の効力

(一)  不当労働行為

1ないし3 <省略>

4 かように債務者が債権者の前示組合結成及び組合活動を察知しこれを嫌悪したことの疏明がない以上、債権者の不当労働行為の主張は採用できない。

(二)  解雇権の濫用

1  債権者が服する労務の内容

債務者が株式会社横河電機製作所の発注にもとづき電機計測器の組立配線調整修理業を営むことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、債務者は従業員約六〇名を使用し、債務者の下に部長一名を、その下に計器製作担当の係長二名測定技術担当の主任一名、測定器製作担当の主任一名、事務担当の主任一名を、測定器製作担当の主任の下に係長一名を、その下にさらに五つの班(うち一個は係長直轄)をそれぞれおいて事業を遂行したことが疏明される(債務者が部長、主任、係長、班長という職制をとることは争いがない。)。そして債権者が昭和三七年八月班長に任命されて以来測定器製作担当の主任臼井孝雄、その下の係長大久保希也のもとで班員約三名を指揮監督して横河発注のQメーターの附属品である補助コイル、発振コイル、ジャンクション及び電気レコーダーの一種であるEMOの製作等の作業に従事してきたことは当事者間に争いがない。

2  解雇事由

よつて債務者主張の解雇事由の存否を判断する。

(1)―(4) 省略

(5)(ⅰ)<証拠>を総合すれば、債務者は同年一一月頃横河に対して下請工賃の値上を要請したところ、かえつて従業員教育を徹底し工賃計算の基礎となる工賃を正確に把握するよう指示されたので、債務者は従業員に対し個別的に事業の実情を説明しつつ生産性の向上を妨げる要素につきともに探究を遂げることにより合理的な工数を把握し事業の合理化に資することを目的として、同年一二月から臼井及び本多両主任を教育担当者に指名し、班長全員、勤続年数の長い女子従業員及び特殊技術者を被教育者として、班長に対しては班員の指導法、担当作業に関する技術上の問題点等につき、その他の者に対してはそれぞれ所要事項につき、教育担当者と一対一の対談による教育(以下特別教育という)を実施することを決定した事実が疏明される。

(ⅱ) <証拠>によれば、債権者は同年一二月中臼井及び本多両主任からまず前記教育目的につき説明を受け、前特別教育を受講すべき旨命ぜられた上、特別教育として上司らに対する前記のような態度を改め更に協力して作業に従事すべき旨を説かれたのに対し、これに応ぜず、「何のためにこのようなことをするのか。」「おれは自分の道を行く。」「お前らからどうこういわれることはない。」等と答えて反抗し、特別教育の実施を妨げたことが疏明され、右認定に反する<証拠>は採用しない。

(ⅲ) <証拠>によれば、臼井主任ら工場幹部は同年一二月二八日開催の会議において、債権者が前示(1)ないし(4)(5)(ⅱ)のような所為に及び上司から屡々注意を受けながらこれを改めようとしない以上、もはや債権者と協力して作業を続行することはできず債権者のため適当な配置転換先もないことを理由に債権者を解雇すべき旨全員一致して決議し、債務者に上申したところ、かつて債務者からなお債権者を導いてよい中堅幹部に育成するよう指示を受けたこと、ここにおいて臼井及び本多両主任は昭和三九年一月六日債権者に対し、前記のような所為を具体的に指摘して反省を促しかつ前年一二月二八日の会議のてんまつを告げ今後は充分に自重して作業上の過誤を防止し上司同僚に協力すべき旨注意を与えたが、債権者は、「みなお前らが勝手に言つているのではないか。」と返答したのみで後は無言で押通しもつて右注意に応じなかつたことが疏明される。

(ⅳ) <証拠>によれば、臼井主任は同年一月一六日開かれた工程会議の席上債権者が自己の班の工程につき意見を述べず協力的でないので、会議終了後債権者に対し特別教育を行なつたところ、債権者は、「お前らはいつも調子のいいことばかり言う。」「おれの班を目の敵にしている。」と述べて反抗し特別教育を妨げたことが疏明され、この認定に反する<証拠>は採用しない。

(ⅴ) <証拠>によれば、臼井及び本多両主任は同年二月一〇日債権者に対する特別教育を続行するに当り、従前の教育が効果を挙げなかつた関係もあり教育内容を録音し後日反省の資料とすべく、まず工場内の一室にテープレコーダーを装置運転してここに債権者を招致しまず録音することに同意を求めたところ、その可否につき激しい論議が交され、債務者が隣室でこれを聞きつけ出席すると、債権者は益々激昂し、「所長(債務者を指す)まで呼んできておれに難癖をつけるのか。」と叫びつつ特別教育の受講を拒否して退席し、作業現場に戻りこの事実を居合せた者に大声で非難したこと(臼井及び本多両主任がレープレコーダーに録音しようとしてその可否につき債権者と論議を交し、債権者が作業現場に戻つたことは争いがない)、債権者は現場にかけつけた債務者から、「君は工業高校を卒業しこの工場の中堅幹部たる人なのにその態度は余りにもひどいではないか。」とたしなめられるや、他の従業員注視の中で債務者に向い、「何もお前に授業料を出してもらつて工業高校を出たわけではない、よけいなお世話だ。つべこべいうな。」と面罵したことが疏明され、<証拠>によるも右認定を左右できない。

(ⅵ) なお債務者が特別教育において債権者を含む労働者の思想調査を行なつたとの事実は、当裁判所の指信しない<証拠>を除けば、これを認めるに足りる疏明はない。

(6)(7) 省略

(8) <証拠>によれば、債務者は横河の注文に基づき機械類を製作納入するという事業を営み、加工賃を収入の大宗とする関係上、特定の機械製作に要する工数を加工賃原価算定の重要資料として営業上の秘密に指定し、債権者を含む従業員に対しこれを横河等に洩らさないようかねがね指示していたこと、債務者は同年五月横河からEMO61という新機種二〇台の発注を受けこれを製作し、同月三〇日横河に対し、一時間当りの加工賃二五〇円に一台を製作するに要する作業工数13.8時間を乗じて得る三四五〇円を一台当りの加工賃単価とし、これに一台当りの材料費四一〇円を加算して二〇台分の見積価格を七七二〇〇円とする旨の見積書を提出したこと、債権者は当時横河に出張した際横河の小山測定課測定係長及び発注担当者某に右機種製作に要する工数を洩らしたため、債務者は同年六月二四日横河から右機種製作に要する作業工数を実際に必要とする12.5時間を下廻る10.8時間と査定され結局価格を六二二〇〇円に値切られ、これに応ぜざるを得なくなつたのみならず、その後三カ月間にわたり右機種一五〇台を右価格で受注するのやむなきに至つたことがいずれも疏明され、右認定に反する<証拠>は採用し難い。

(9) 省略

3  解雇手続

<証拠>によれば、債権者が前記のような所為を累行し、とくに昭和三九年一月六日臼井及び本多両主任から前年一二月二八日の前記会議のてんまつを告げられ注意を与えられたにも不拘、なお反省の色なく非行を反覆する事実にかんがみ、工場幹部は同年五月中旬頃から債権者を解雇するのもやむなしとの考えを固め、同月三〇日開催の会議において債権者を解雇すべき旨決議し債務者の決裁を得たこと、臼井主任は同年六月二日各主任及び各係長ら列席の上、債権者に対し解雇予告手当を提供し解雇する旨を告げ(予告手当を提供して解雇の意思表示をしたことは争いがない。)、解雇事由を記載した書面を示し順次解雇事由を口頭で説明しようとしたところ、債権者から、「解雇される理由はない。」等の抗議を受け押問答の末債権者は口頭の説明を聞かないで退席したことが疏明され、右認定に反する<証拠>は採用しない。

4  解雇事由の制限

本件においては労働協約、就業規則、労働契約に基づき通常解雇事由に対し何らかの制限が課せられたとの主張はないから、債務者は債権者を解雇するに当り権利濫用の法理による制限を受けるにとどまるというべきである。

5  そこで右事実にもとづき考案する

(1)―(4) <省略>

(5) 債権者が特別教育に対してとつた態度(2(5)(ⅱ)(ⅳ)(ⅴ)の事実)について考案する。

使用者は労働契約の範囲内で企業目的達成のため労働者を指揮してその労働力を使用する権利を有するから、この指揮命令権を効率的に行使すべく、班長等各部署の長たる労働者に対し部下の指導方法につき教育を行ない、またその労働力の向上をはかるため、労働者の担当業務につき技術上の教育を行なう権利を有し、労働者はかような教育を受講すべき旨の使用者の命令に従う義務を負う。

債務者の実施した特別教育をみるに、<証拠>によれば、右特別教育において臼井及び本多両主任は従業員小暮某に対し、まず債務者ら工場幹部に全幅の信頼を寄せること、工場の発展のため青春をかけようという位の意気込をもつことを要求した上職場の具体的な問題の研究にはいつたことが疏明される。かように労働者に対し企業に忠実であることを求める精神教育は、もし行き過ぎれば労働者及び労働組合の使用者に対する対等独立の気風を妨げその骨抜きに至るおそれがあり、また工場幹部と一般従業員との一対一の対話による教育はテープレコーダーの使用を伴うときは勿論、これを伴なわない場合においてもかなりの精神的圧迫を受講者に加えるおそれがあるけれども、債務者が実施しようとした特別教育はその目的及び項目に徴し使用者の行使しうる前記権利の範囲内に属するといえるから、債権者は特別教育を受講すべき旨を命ぜられた以上これに従わなければならない。

労働組合運動に従事する債権者が教育目的及びテープレコーダーの使用目的について疑義を抱き質問をすることは当然許されて然るべきである。しかし、債権者が昭和三八年一二月、昭和三九年一月一六日、同年二月一〇日の各特別教育においてとつた態度はかような範囲をこえ、当初から特別教育を否定する立場をとり教育担当者に反抗し続け特別教育の実施を妨げたのであるから、従業員として義務違反の責を免れない。

債権者が同年二月一〇日職場において他の従業員注視の中で債務者を面罵した原因は、臼井主任がテープレコーダーに録音しながら債権者にその承諾を求めたため債権者の感情を刺戟したことにもあるといえるけれども、臼井主任と債権者との対立を止めにはいつた債務者を面罵することは八つ当りのそしりを免れず、従業員として企業秩序をみだす行為といわなければならない。

(6)(7) <省略>

(8) 債権者が債務者から営業上の秘密として指定されたEMO61なる機種の製作に要する工数を洩らしたこと(2(8)の事実)は、信義則上労働者に要請される秘密保持の義務に違反し、しかも債務者はこのため安値受注を余儀なくされたのであるから、その情状はきわめて重大である。

ところで<証拠>によれば、債務者は解雇の意思表示当時右非行をまだ覚知していなかつたことが疏明されるけれども、労働者の非行が解雇の意思表示以前に行なわれた以上、仮令右意思表示当時使用者がいまだこれを覚知していなくても後日これを解雇事由として主張することは妨げない。ただ右意思表示の動機として労働者の組合活動とその非行とが並存する場合いずれが決定的であつたかを判定するに当り、あるいはまた解雇の意思表示が権利の濫用に該当するか否かに関し、その意思表示の動機如何を判定するに当り、右意思表示当時使用者に判明していなかつた非行を除外すべきであるとの制約を蒙るにすぎない。しかるに本件において右意思表示の動機として不当労働行為意思が認められないことは前示のとおりであり、またその動機に関し秘密を洩らした非行を除外して考えても格別権利の濫用にわたると認められる点はないから、右非行を解雇事由の一として考慮するにつき右の制約は存しない。

(9) このように債権者は前示のような非行を反覆し上司から注意を受けながら反省の色なく、なおも非行を重ねたのであるから、従業員数六〇名位の債務者経営の企業においては企業秩序維持上かような者を企業外に排除するのもまたやむを得ないこととして容認されるのである。解雇により債権者の蒙るべき不利益を考えても右結論を左右できない。

債務者が解雇の意思表示を終えるまでの手続をみても、その意思表示が権利の濫用にわたると判定すべき根拠を見出し得ない。

よつて右解雇の意思表示は権利の濫用とはいえない。

(三)  総括

本件解雇の意思表示は不当労働行為にも権利の濫用にも該当しないから、有効であつて債権者債務者間の労働契約はこれにより終了したものというべく、債権者は現に労働契約上の権利を有せずかつ債務者に対し解雇の意思表示がなされた昭和三九年六月三日以降の賃金債権を取得することはできない。

三結論

しからば本件仮処分命令申請は被保全権利の疏明なきに帰し、保証を立てさせて仮処分を命ずるのも相当でないから、本件申請を却下すべく、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(沖野威 宮本増 田中康久)

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